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宇治山田駅・古市・倉田山界隈 皇學館大學

惟神道場

 「皇學館大學」が「神宮皇學館」時代に建設した施設に「惟神道場」(ゆいしんどうじょう)があります。その絵葉書を紹介します。
 「惟神道場」は昭和14年、館長の平田貫一と貝島炭鉱壮長貝島太市の尽力により、非常時下の国民修練の場として建てられた施設です。現在の皇學館大学芝生広場、7・8・9号館の辺りにありました。落成後神宮に奉納され、皇學館の付属施設とされました。開設後は全国の諸団体を受け入れ、多くの人が研修を受けました。しかし、昭和20年6月9日と7月28日の空襲により焼失しました。

左:たとう表面 原寸縦15.3㎝×横9.5㎝  印刷者:絵画研究会

中:たとう裏面  
右:絵葉書表面 原寸縦9.1㎝×横14㎝


左:惟神道場  中:事務所・陳列所  右:大講堂外景・内部


左:小講堂全景・内部  中:遙拝殿全景・内部  右:宿舎全景・玄関


左:食堂全景・内部  右:戸外潔斎所・屋内潔斎所


平成21年8月13日撮影
左・右:惟神道場 門
 

左:惟神道場 門 左側  右:惟神道場 門 右側

 現在、この門柱の西側(芝生広場側)は、斜面になっています。絵葉書では門柱とその他の建物は同一面に建っています。グランド横から緩い坂を上り、伊勢高へ抜ける道は、戦前と変わっていないと考えられます。〔『皇學館大學百年小誌』付図・航空写真を参照して検討〕よって、門柱は当時のまま保存されているのではないかと思われます。芝生広場周辺は、旧1号館建設に伴う整地の際、削平されたのではないかと考えられます。
 また、大講堂は、戦災から逃れ昭和27年内宮神域に移設・改造されました。現在は饗膳所(外御馬厩西側)として使用されています。また、絵葉書写真奥の「惟神」額も掲げられているそうです。(皇學館大学 牟禮仁教授「御衣黄桜をたづねて」による)。なお、内膳所は大々神楽をあげた人が希望すると直会の饗膳を頂くことのできる施設だそうです。(『お伊勢参り』による)

左:内宮内膳所 右:内膳所玄関奥


惟神道場配置図


 『皇學館大學百年小誌』付録「神宮皇學館大學平面図 昭和十八年」に『惟神道塲要覧』(神宮文庫蔵)の付図『惟神道場絵葉書』を参照して作成。
 大講堂・遙拝殿・食堂は地下道でつながれていました(平面図右下片側が点線の二重線)。



〔参考文献〕
神宮皇學館     『惟神道塲要覧』     昭和14年2月
学校法人皇學館大學 『創立90年 再興10年 皇學館大學史』
                       昭和47年10月

学校法人皇學館大學 『皇學館大學百年小史』  昭和57年4月
牟禮仁       「御衣黄桜をたづねて」  『館友』265号  
                       平成21年7月
渡邊寛       「皇學館の来歴18 『建武中興800年祭』と
                       『惟神道場の建設』」
          『全学一体 第162号』 平成28年3月
神宮司庁      『お伊勢まいり』     昭和62年7月



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