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神都希望館

 倭町の現天理教三重互助園の所に昭和4(1929)年に十五楼の建物を利用して開館した神都希望館がありました。これは社会教育家の後藤静香(せいこう)が大正7年に設立した希望社の付属施設です。ここでは、希望社の精神を伝えるための女学校「神都希望学園」を経営していました。また、希望社関係者が参宮する際の宿泊施設としても使用されていました。しかし、昭和8(1933)年に希望社は解散しました。
 その後、昭和12(1937)年3月に天理教三重県教務支庁が同地に設立されました。
 神都希望館が発行した「参拝記念伊勢みやげ」絵葉書を紹介します。たとうに一括して入っていたものを購入しましたが、表面が4種類あります。よって発行者が、異なった印刷所(版)で印刷したものを一つの絵葉書集にしたか、異なった絵葉書集を入手した人が一つのたとうにまとめたという可能性があります。
 絵葉書表面中央に住所欄と通信欄を分ける罫線があります。さらに、上部には「郵便はかき」とあります。よって大正7年以降、昭和8年頃までに発行されたと考えられます。
 
 なお、「神都希望館全景(宇治山田市倭町)」絵葉書は『皇學館大学史料編纂所所報 第226号』に紹介しました。

左:たとう              原寸縦17.8㎝×横10.3㎝
中:神都希望館全景(宇治山田市倭町) 原寸長辺14.1㎝×短辺9.1㎝
右:昭和4年8月19日開館記念(静香)看板に「希望社附属 神都希望館」とあります。


 中写真の画面左に向かって坂を登るの道が御幸通です。坂の下には架線柱が見える通り、神都線の線路です。さらに一段下が現伊勢警察署方面に向かう道路です。歩道と神都希望館(現天理教)敷地の境界柵の支石がみられます。これは、現存するものと同一のものだと考えられます。

左:宿泊者に開設したる図書室(神都希望館)
右:闇路を照らす希望社の尖塔

 右写真の尖塔は伊勢に有ったものなのかどうかは不明です。

左:神々しき外宮の神域
中:五十鈴川澄みに澄み神韻漂う(宇治橋)
右:以上6枚の表面


 以上の絵葉書表面には「中央製版印行」とあります。

左:神都希望館朝礼室の床の間
中:尊き皇国の昔を今に示す徴古館
右:おゝ平和 さざ波寄する鳥羽の海

左:以上3枚の表面
中:大廟初夏の夕 高木画伯筆
右:   〃     の表面

 絵画絵葉書の表面には、「希望社印行」とあります。

左:望と愛と信の家(神都希望館)

中:時は朝仕事は之から(二見ケ浦)
右:以上2枚の表面


 上記のものとは別途入手した絵葉書です。

左:宇治山田市に於ける神都希望館
右:     〃  表面

 切手添付欄には、希望社のマークがります。「ハートは信と愛の交わり、星は希望の象徴」だそうです。

現在の様子

平成21年6月13日撮影 撮影御協力:三重日産 伊勢神久店


平成21年11月3日撮影



〔参考文献〕

剛水宝剛太郎 『後藤静香功罪論』 霜香堂 昭和6年 p.44 (希望社マーク)
森本史郎 『神都宇治山田市市街全図』昭和6年11月 帝国交通社 裏面
                      (神都希望館施設概要)
伊勢市 『伊勢市史』 昭和43年3月 伊勢市役所 p.487
                      (天理教三重県教務支庁設立
成田久太郎 「後藤静香」 『社会教育者事典・増補版』
       日本図書センター 平成元年9月 p.157 (希望社設立)
Wikipedia「後藤静香」 令和2年12月29日閲覧 (希望社解散)
拙著 「いにしえの伊勢⑥ ~絵葉書・古写真に見る戦前の宇治山田」
   『皇學館大学史料編纂所所報 史料 第226号』平成22年6月 p.20


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