交通機関
伊勢電気鉄道
伊勢電気鉄道は大正4(1915)年に地元資本により、白子から一身田町間に蒸気鉄道として開業しました。昭和5(1930)年、松阪から大神宮前間の開通により、桑名からの本線が全通しました。昭和11(1936)に参宮急行鉄道(大阪電気軌道の子会社)と合併しました。昭和15(1940)年には参宮急行は関西急行電鉄を合併し、翌16年(1941)年の関西急行鉄道の発足に伴う路線整理により、江戸橋から大神宮前間は、伊勢線として運営されました。昭和17(1942)年に新松阪から大神宮前間は間は廃止されました。
山田線開通記念
左:たとう表面 原寸:長辺18.9㎝×短辺17.4㎝
中:たとう裏面
右:絵葉書表面 原寸:長辺14.3㎝×短辺9㎝
たとう裏面には、沿線名所案内が書かれています。左端下には「名古屋市大津町電停前秀英社印刷」とあります。
下の地図には桑名~名古屋間について「昭和6年度開通予定」とありますが、これは実現できませんでした。昭和11年に伊勢電気鉄道が参宮急行鉄道に吸収されます。その後、昭和13年に参宮急行鉄道の子会社である関西急行電鉄によって桑名~名古屋間が開通しました。
左:伊勢参宮近道 中:外宮 右:内宮
「名古屋秀英社印行」と発行所の表記がされています。表面切手貼付欄には何も印刷されていません。
スタンプ付
左:外宮 中:内宮 右:表面
それぞれ、昭和5年12月25日のスタンプが捺されています。これは、伊勢電鉄が大神宮前まで開通した日です。表面切手貼付欄には伊勢電鉄の社章が印刷されています。
伊勢電宮川鉄橋
左:伊勢一〇八景より 原寸:長辺14.1㎝×短辺9㎝
中:左 鉄橋部分拡大 鉄橋部分原寸8㎝×短辺4.4㎝
右:伊勢電車宮川鉄橋 原寸:長辺14㎝×短辺9㎝
伊勢電鉄の宮川鉄橋は昭和17年参急伊勢線新松阪~大神宮間廃止後戦後、橋梁は撤去されました。しかし、その一部が、豊橋駅構内を東西に跨ぐ「城海津渡線橋」に転用されました。トラスを2連つないで少し短くしたものなので、当初の形とは少し異なります。
現在の様子(平成19年8月18日sadanai撮影)
伊勢電宮川鉄橋 橋台跡(平成18年3月21日sadanai撮影)
伊勢電鉄の遺構を巡るにあたって、「伊勢まちかど博物館 伊勢電山田西口駅記念室」を見学しました。館長の松月清二さんから、宮川鉄橋の橋台跡が残っていること、天神丘トンネル脇の丸い石の石組みが伊勢電時代のものであることを伺いました。
伊勢市辻久留町諸出交差点の西側です。ガソリンスタンドの前に宮川河川敷に降りる道があります。そこに橋台跡があります。
天神丘トンネル西側(平成18年3月21日sadanai撮影)
写真左側の石組が伊勢電の遺構です。
天神丘トンネル東側(平成18年3月21日sadanai撮影)
左:全景 中:南側 右:北側
トンネル出口両側に伊勢電の玉石の石組が現存しています。
大神宮駅
左:伊勢一〇八景より 原寸:長辺14.1㎝×短辺9㎝
中:伊勢田大神宮 駅拡大 大神宮駅部分 原寸:長辺3.5㎝×短辺2.7㎝
右:関急電鉄 大神宮駅前 『皇紀二千六百年記念版 伊勢神宮写真帖』絵画研究会より 写真原寸:長辺9.5㎝×短辺5.6㎝
中写真には「伊勢電」、右写真には関急電鉄との表記があるため、中写真が昭和15年以前、右写真が昭和15年以降の写真だと考えられます。
伊勢電鉄チラシ1 お花見の栞 原寸:長辺30.5㎝×短辺14.9㎝
伊勢電鉄チラシ2 お伊勢詣りの栞 原寸:長辺34.6㎝×短辺19.3㎝
伊勢電鉄チラシ3 伊勢参宮近道 原寸:長辺38.6㎝×短辺13㎝
伊勢電チラシ4 沿線御案内 原寸:長辺62.1㎝×短辺15.2㎝
表紙に特急「はつひ」(初日)「かみぢ」(神路)のマークがあります。この名称は昭和10年に命名されました。
古市聯合旅館チラシ 原寸:長辺62.1㎝×短辺15.2㎝
伊勢電鉄が大神宮駅まで伸長したのが昭和5年・参宮急行が宇治山田まで伸長したが昭和6年でした。その頃に古市旅館聯合が作成したチラシです。
〔参考文献〕
絵画研究会 『皇紀二千六百年記念版 伊勢神宮写真帖』
昭和15年?(奥付に発行年が明記されていません)
椙山満・上野結城編『保存版 伊勢電・近鉄の80年』
平成8年6月 郷土出版社
宮脇俊三編『鉄道廃線跡を歩くⅡ』平成8年9月
JTB日本交通公社出版事業局 p.98~99
©2020 sadanai