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交通機関

朝熊登山鉄道 

 大正2(1913)年4月に野間圀彦・大井幸太郎他12名の発起人により、朝熊登山者の利便と地元に利益をもたらす目的で、度会郡四郷村大字朝熊から富士見峠間に索縄鉄道を敷設するため「朝熊登山鉄道(株)」の免許が申請されました。事務所を度会郡四郷村に置かれました。同年8月19日付けで免許が下付されましたが、資金が集まらず着工に及ばす大正3年9月に申請が却下され、10月には免許を返納し会社は消滅しました。
 その後、朝熊山が急峻で徒歩での登山は困難であるため金剛證寺への参拝客の減少が続きました。そこで、再び鋼索鉄道敷設をすることによって朝熊岳観光客を誘致するため、野間圀彦・大井幸太郎・田中善助・太田光煕の発起人により、度会郡四郷村楠部から同平岩間の普通鉄道と同平岩から同御船間の鋼索鉄道の敷設を計画し、大正8(1919)年12月18日に免許を得ました。
 大正9年1月28日に会社を設立し、同年11月末に着工をしました。工事に手間取り、竣工は大正14(1925)年8月で、同月26日に営業を開始しました。大正15(1920)年6月に時刻改正、9月に鋼索線のケーブル強度の増強を図りました。さらに大正15年7月24日から社有林を利用して「天幕村」を開設し、登山客の増加を図りましたが、不景気に伴う参宮客に減少により利用者は減少しました。
 昭和2(1927)年朝熊岳自動車合資会社を設立し、朝熊岳駅から金剛證寺本堂前の運行を始めました。
 伊勢の市電である三重合同電気とは持ちつ持たれつの関係で、朝熊登山鉄道発起人の太田光煕は三重合同電気の社長でもありました。昭和3年4月に両者間で合併の仮契約書が交わされ、昭和3年11月1日に合併されました。

朝熊登山鉄道開業案内絵葉書
左:裏面 原寸:長辺14.1㎝×短辺9.2㎝
右:表面 大正14年4月16日の消印があります。

 裏面には「来る5月開通の予定なり」とあります。これからも、竣工まで時間を要したことを伺うことができます。

朝熊登山鉄道チラシ
原寸:長辺19.1㎝×短辺13.3㎝

 チラシ左下に「山上自動車の便あり」とありますので、昭和2年から3年の間に発行されたもだと考えられます。

〔参考文献〕
伊勢市教育委員会『岳のケーブルカー~朝熊登山鉄道展~』
              平成10年2月 伊勢市郷土資料館
山崎寛「失われた鉄道・軌道を訪ねて〔51〕朝熊登山鉄道」
『鉄道ピクトリアル 421』昭和58年9月1日 株式会社電気車研究会
                              p.63~69


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