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交通機関

伊勢のバス会社

 伊勢市内には現在三重交通バスが走っていますが、三重交通に至るバス事業の経緯を紹介します。

◎参宮自動車株式会社
 明治45(1912)年5月1日に内宮~外宮間で営業を開始しました。フォード社自家用車を乗合自動車に改造した車両を使っていたそうです。なお、大正7(1918)年8月に伊勢電気鉄道自動車へ経営を譲渡しました。

参宮自動車絵葉書
左:たとう 原寸 長辺14.2㎝×短辺9.5㎝ 
右:表面  原寸 長辺14.1㎝×短辺9

左:徴古館前  右:伊勢市民病院西側付近

 「神苑会」の石碑が写っていません。この石碑は明治44年3月に建てられていますので、それ以前に撮影されたものだと考えられます。

平成20年7月21日撮影

 右側写真は絵葉書の地点より北寄りの場所です。絵葉書の場所は伊勢病院西口バス停付近だと考えられます。


◎合資会社神都自動車商会

 大正7(1918)年12月に宇治山田~二見の乗合自動車と貸自動車(ハイヤー)の営業を始めました。
 大正11年5月には各社が自動車事業に参入し、神都自動車商会の8両を始め他社の16両が山田駅前から外宮・内宮・二見間で営業をし、山田駅前では客を奪い合うこととなりました。


◎伊勢自動車会社
 大正11(1922)年12月神都自動車商会が中心となり、当時の乗合自動車会社が団結して設立されました。山田・二見間の乗合自動車と貸自動車(ハイヤー)を始め、山田駅から内宮、二見・大湊・神社を経て鳥羽へ至る路線と、山田駅から一之瀬村を経て紀勢線柏崎駅に至る路線も運行をしました。昭和7(1932)年3月伊勢自動車会社を母体に神都乗合自動車が設立されました。

◎朝熊岳自動車合資会社
 大正14年8月に朝熊山登山鉄道が開通しましたが、これを受けて昭和2(1927)年からケーブルカーの山上駅から金剛證寺間の2㎞で営業を行いました。


◎伊勢回遊自動車会社
 昭和4(1929)年5月に設立されました。宇治山田駅を発着地とし、外宮・内宮・二見を回遊する路線を営業しました。



◎神都自動車組合
 
昭和5(1930)年3月に貸自動車業者が乗合自動車を分離して結成されました。



◎勢南自動車株式会社
 
昭和5(1930)年4月に設立されました。宇治山田市内回遊と大淀、斎宮、相可方面行き乗合自動車を運行しました。



◎伊勢電鉄自動車株式会社
 
昭和6(1931)年2月26日、宇治山田市豊川町で設立されました。なおこの日は三重交通の創立日とされています。当初は、自動車車両および燃料の販売・車両の修繕を営業目的としていました。同年3月13日に自動車による一般運輸業を追加し、外宮・内宮・二見・山田間循環路線などを運営しました。さらに5月18日に伊勢回遊自動車の営業権を譲り受けました。


◎参急山田自動車株式会社
 
参宮急行は、昭和11(1936)年12月31日に伊勢電鉄自動車株式会社を傘下に収め、商号を参急山田自動車株式会社に変更しました。
 なお、『伊勢市史 近代編』には昭和6(1931)年3月に参宮急行の自動車部門がシボレー5台で参入したとの記事があります。これは『20年のあゆみ』(三重交通)にある「参急自動車商会」のことを指すのではないかと推察されます。

参宮自動車チラシ
  原寸:長辺26.4×短辺9.6㎝

 裏面には「関西急行」の記述が、表面には「大神宮駅」が記載されています。よって、昭和11(1936)年から昭和17(1942)年の間に発行されたものです。

 参急自動車運賃  
  乗合   両二見・廻遊 75銭 
  バス貸切 両宮片道   3円50銭  両宮往復   6円
  (1台) 両宮二見送り 6円     両宮二見一巡 12円
       両宮二見鳥羽 18円
  タクシー 両宮片道   1円50銭  両宮往復   2円50銭
       両宮二見送り 5円     一巡     6円 
       両宮二見鳥羽 10円


◎神都乗合自動車
 昭和6年に参宮急行鉄道が宇治山田まで伸長しました。それに伴い参宮急行電鉄も宇治山田から外宮内宮を経て二見に至る路線の営業を申請しました。これに対し、伊勢自動車をはじめとする危篤営業者は一路線一営業主義を主張して反対をしました。
 昭和7(1932)年7月に三重県知事・三重合同電気社長の調停により、伊勢自動車株式会社を母体に合同電気自動車部、参宮電鉄株式会社の出資により、神都乗合自動車が宮後町に設立されました。

神都乗合自動車チラシ1 原寸:長辺38.6×短辺13.㎝

神都乗合自動車チラシ2 原寸:長辺38.1×短辺17.3㎝

神都乗合自動車チラシ3 原寸:長辺38.3×短辺12.9㎝

 1~3ともに参急外宮前駅が描かれていますので、昭和7(1932)年から昭和8年の間に作成されたものです。1の印刷者は不明ですが、2・3は絵画研究会です。
 1・2より開業当初の路線がわかります。

神都乗合自動車 路線表
両宮線 山田駅~外宮~徴古館~内宮
循環線 山田駅~外宮~(徴古館前から)古市~内宮~二見~鳥羽
古市線 山田駅~(古市街道から)古市~内宮
日赤線 古市~外宮~山田駅~(宇治山田駅も経由か?)~八日市場~日赤病院前(高向)
内宮鳥羽線 内宮~朝熊~鳥羽
鹿海線 楠部~汐合
宮町線 参急外宮前(現近鉄宮町)~外宮~古市~宇治山田駅前~山田駅~参急外宮前
神社線 山田駅~神社
大湊線 山田駅~大湊
二見海岸線 二見駅~二見海岸・夫婦岩
南島線 山田駅~道方~東宮(2では神前)
川添線 神前~川添駅前
柏崎線 神前~伊勢柏崎駅前

運賃料金表 単位:銭
区間 普通 団体
25人
以上
50人
以上
学生 
山田~外宮経由~内宮 20 18 17 15
同往復 40 33 30 25
内宮~二見海岸 35 32 30 25
山田~二見 30 23 20 18
乙廻遊
山田・内宮・二見
55  50 45 40
甲廻遊
山田・内宮・二見・山田
75 70 65 55
山田~古市
古市~山田
10
10
団体割引の取扱なし
二見~鳥羽 30
二見駅~二見海岸 10
内宮~朝熊経由~鳥羽 50

所用時間表 
単位:分
外宮~内宮 10
山田~二見 20
内宮~二見 25
二見~鳥羽 20
内宮~鳥羽 50
外宮~古市
古市~内宮


◎朝熊山登山バス
 昭和13(1938)年1月に設立されました。宇治橋前から、現在の朝熊山宇治岳道を通り朝熊山上まで運行しました。

朝熊登山バス絵葉書  原寸:長辺14.1㎝×短辺9㎝


左:平成26年3月31日撮影
右:平成17年12月31日撮影

 左は宇治岳道の入口はです。登山バスの専用道入口と同じかは不明です。右写真は一宇田展望台で撮影しました。アングルは違いますが標高は右絵葉書と同じだと思われます。

朝熊登山バスチラシ1  原寸:長辺16.6㎝×短辺14.5㎝

 内宮前から朝熊岳までの料金は大型バスだと片道40銭、往復70銭で、小型貸切りだと金剛證寺の山門まで片道4円、往復7円でした。

朝熊登山バスチラシ2  原寸:長辺17.7㎝×短辺12.3㎝



◎神都交通株式会社
  
 満州事変の進展に伴い、国は自動車の軍事徴用、燃料の消費規制を強化しました。参急山田自動車は、昭和14(1939)年8月1日に神都乗合自動車を合併するとともに東邦電力から神都線の鉄道事業を譲り受けました。さらに、宇治山田市内の貸自動車事業者42業者を統合し、神都交通株式会社を設立しました。


◎三重交通株式会社

 昭和19(1944)年2月11日に神都交通は、北勢電気鉄道・三重鉄道・松阪電気鉄道・志摩電気鉄道・三重乗合自動車・伊賀乗合自動車を合併しました。そして商号を「三重交通株式会社」と変更し、三重県の地域交通を担う事業者となりました。


◎高瀬自動車営業所
 タクシー会社のようですが、詳細は不明です。チラシの中に電話番号が「1006番」と記載されています。伊勢の電話加入者数が大正14(1925)年に934件、昭和5(1930)年1283件となりました。よって、昭和初期に開業した会社だと考えられます。



〔参考文献〕
三重交通株式会社社史編纂委員会 『20年のあゆみ』 
               昭和39年2月 三重交通株式会社 p.14
尾崎鉄之助 『三重県自動車交通五十年史』
        昭和42年8月  三重県交通安全協会連合会 p.14~p.32
伊勢・志摩の歴史刊行会 『図説 伊勢・志摩の歴史 下巻』 平成4年8月
                     株式会社郷土出版社 p.88~89

伊勢市   『伊勢市史 第4巻 近代編』 平成24年6月
                   伊勢市 p.725~728 p.1091~1095
秋田耕司  『復刻 明治41年版宇治山田市電話番号簿』
                    令和2年4月 NFC技研 p.10
〔参考ホームページ〕
丸六太夫  『ブラお伊勢』
      「御幸道路③ 倉田山 徴古館 参宮自動車 T型フォード 御幸通り
                     令和3年10月24日最終閲覧



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