
内宮界隈 施設・商店
朝熊山金剛證寺
伊勢朝熊名所図絵 表
原寸:長辺77.9㎝×短辺13.4㎝
発行:朝熊岳保勝会 印刷:オリヂナル、ウォーク社
印刷日:昭和3年8月5日
伊勢朝熊名所図絵 裏
概略・交通・由緒・塔頭や東公園を含む塔堂・宝物・旅程の6項目にわたり詳細な解説があります。
金剛證寺パンフレット 左:表 右:裏
原寸:長辺25.6㎝×短辺18.3㎝
伊勢志摩スカイラインの広告があります。また、近鉄は宇治山田までしか描かれていません。よって昭和39年から昭和44年の間に発行されたものだと考えられます。
霊峯朝熊岳
左:たとう 原寸:長辺14.7㎝×短辺9.7㎝
右:絵葉書表面 原寸:長辺14㎝×短辺8.8㎝
左:海抜一千六百尺の急峻勾配を登る本邦第一の称ある朝熊山登山電車
中:登山電車朝熊駅より諸島嶼碁布の如く却下に浮ぶ展望広闊明媚なる頂上及鳥羽を眼界に収む
右:旅館東風屋
左:東風屋前十八洲展望台
中:伊良湖・知多の両岬遥か蜿々として烟り東海十八洲を一眸に収むる東風屋より展望せる雄渾なる景観
右:古池深き蒼碧の色を湛へ霊境に應はしき連珠池
右画像の池は弘法大師が堀ったとされており、「御池」とも呼ばれています。中央の太鼓橋は寛文13(1673)年に浦田織部藤原長次が願主となって創建されました。この橋によって聖地(彼岸)〔画像では手前側〕と俗界(此岸 しがん)とわけられているそうです。
左:山巓の閑寂幽邃の境地に在る金剛證寺(本堂特別保護建築物)
中:老樹鬱茂せる幽寂境 国寶雨寶堂尊祇奉安殿
右:静寂の境内に巍然たる開山堂
左画像の本堂(摩尼殿)は慶長14(1609)年に姫路城主である池田輝政が造営し、元禄14(1701)年に徳川桂昌院によって修理されました。平成に大修理が行われ、平成6(1994)年桃山時代の状態に復元されました。
中画像雨宝堂は現在明王堂と称されています。万延元(1860)年創建で毘沙門天・明星天子・飛頗黎大王を祀っています。
右画像の開山堂は明治30(1897)年に立てられました。当山中興の祖である仏地禅師の命日に行われる山忌には大勢の参拝者が参籠するそうです。伊勢朝熊名所図絵裏面の説明にも「学生・在郷軍人・その他団体のお望みにより休憩・宿泊の需めに応じています。客室湯殿の設備整い、同時に一百人外のお泊まりの出来る準備がしてあります」との説明があります。
渺々たる碧海に島嶼点々とし松島に髣髴たる景観を呈する奥之院富士見台及鳥羽の観望
朝熊岳名勝
左:たとう表面 原寸:長辺14.4㎝×短辺9.8㎝
中:たとう裏面 発行所 伊勢朝熊岳 野間圀彦本店
右:絵葉書表面 原寸:長辺14.1㎝×短辺9.1㎝
左:萬金丹本舗 朝熊山上に有りて創業以来五百十余年にして古来霊薬の称在有りて伊勢参宮朝熊登山者の第一の土産品なり。
中:朝熊公園 ケーブルカー終点駅の付近に有りて脚下に五十鈴川の清流を眺め遠望佳絶なり。
右:東公園 金剛證寺境内の付近に有りて遠望絶佳にして山上唯一の一大展望所として有名なり。
左:金剛證寺本堂 金剛證寺と称して本尊は虚空蔵菩薩を安置し開運厄除けの霊験顕然なり。
中:日の出拝観所 朝熊山上海抜千七百尺の地点に有りて太平洋を望み風光絶佳にして四季を通じ日の出の観客多数有り。尚山上には自動車の便有り。
右:獅子石 朝熊山上に有りて遠望絶佳にして東公園の付近にあり。
左:護摩岩 朝熊山上に有り同石にて弘法大師護摩を焚き国家の安穏五穀豊穣の祈願せるを以てこの称有り。遥かに太平洋を望み遠望絶佳なり。
中:滝池 朝熊山上最高峰にありて古杉老松鬱蒼として水津を祀る。
以下一枚ずつ入手した絵葉書を紹介します。
伊勢朝熊極楽橋 左:表面 原寸:長辺14.2㎝×短辺8.9㎝ 右:表面
伊勢朝熊岳惣門 左:表面 原寸:長辺14.1㎝×短辺8.9㎝ 右:表面
朝熊山 左:表面 原寸:長辺14㎝×短辺9㎝ 右:表面
表面には「明治37・8年戦役陸軍凱旋観兵式記念」のスタンプが捺されています。
伊勢朝熊金剛證寺開山堂 左:表面 原寸:長辺14㎝×短辺9.1㎝ 右:表面
裏面に「明治42年2月6日」のスタンプが捺されています。
伊勢朝熊金剛證寺明星堂 左:表面 原寸:長辺14㎝×短辺9.1㎝ 右:表面
伊勢朝熊金剛證寺表忠碑附近 左:表面 原寸:長辺14㎝×短辺9㎝
伊勢朝熊山連珠瀧 左:表面 原寸:長辺13.8㎝×短辺9㎝
茶の子餅・一休庵 左:表面 原寸:長辺14.1㎝×短辺9㎝
「
伊勢朝熊名所図絵 表」の萬金丹の向い側に「茶ノ子餅」の記載があります。
〔参考文献〕
金剛證寺『伊勢朝熊金剛證寺』平成17年4月
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