内宮界隈 施設・商店
風宮物産店
風宮商店は、宇治橋前からおはらい町に入った1軒目の両側にありました。現在はだるまや本店と赤福内宮前支店にっています。昭和11(1936)年の火災で風宮から岩戸屋まで焼失しました。
大正元(1912)年発行の『宇治山田商工人名録』には今在家町の項に「土産物商 風宮つね」(電話番号四〇七)が記載されています。
絵葉書集「伊勢大廟廿四枚組」より
左側の建物1階の看板には「かぜのみや 第二営業部」とありますので、右側が本店であったのではないかと思います。
風宮物産店チラシ1
左:表面 右:裏面 原寸:長辺38.7㎝×短辺13㎝
伊勢電鉄と参宮急行が描かれており、参宮急行は現宮町駅が外宮前駅となっています。また、二見の音無山ロープウェイが描かれていません。よって、昭和7(1932)年から昭和8(1933)年の間に作成されたものです。裏面には別名が「丸福」であるとの記載があります。
風宮物産店チラシ2
左:表面 右:裏面 原寸:長辺35.6㎝×短辺12.7㎝
裏面の序文に昭和7(1932)年3月の記載があります。
風宮物産店チラシ3
左:表面 右:裏面 原寸:長辺37.9㎝×短辺13.3㎝
二見の音無山ロープウェイと商品陳列所の記述がありますので、昭和7年から昭和10年の間に作成されたものです。この地図によると、現在のだるま屋本店から太閤餅本店辺りにありました。チラシ1で紹介した西側の店舗は描かれていません。裏面写真の建物は、2階の窓の様子から、絵葉書左側の建物と同じものだと考えられます。
チラシ1~3は、ほぼ同じ時代に作られたチラシだと考えられます。しかし風宮の店舗が1・3はおはらい通りの片側のだけしか描かれていません。2は両側に描かれています。このようになった事情は不明です。
〔参考文献〕
田中甚太郎 『宇治山田商工名人録』
大正元年 神都興信所
写真集伊勢編集委員会編 『写真集 明治 大正 昭和 伊勢 二見 小俣』
昭和61年8月 国書刊行会 p.11
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